ふらり京都、旅して日本 武蔵・小次郎の巌流島

武蔵・小次郎の巌流島

関門海峡に浮かぶ巌流島(がんりゅうじま)。ここで武蔵と小次郎が決闘しました。北九州 083
  

 

さてさて、一昨日は京都、大文字の送り火について書きましたが、

まだまだ7月下旬から今月初めまで訪れた北九州、下関の写真が残っております。

今月いっぱいはお付き合い下さい。

 

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北九州・門司港から船に乗ります。平日の午後だけあって100人以上乗れる船に客は私一人。北九州 062



10分で巌流島到着。島には人が30人程いました。下関からの方が便数が多くて利用客が多いようです。
北九州 067

 

宮本武蔵の伝記を読んだのは小学校の5年頃ですね。

それからずっと巌流島ってどんなところかなって思っていました。

 

下関側からは沖合い300m程。九州側からは1000m。だから行政上は下関市に含まれています。



岩礁だった所は船の航行にとって危険なので埋め立てられていますが、
もともとは17000㎡だそうですから、幅100m長さ200m程度の島だったようです。 ≫人気ブログランキング" target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?447585">人気ブログランキング
北九州 069

 

 

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宮本武蔵と佐々木小次郎は1612年、ここで決闘しました。小次郎のことを巌流ともいうので「巌流島」。
北九州 093

 

当時、武蔵は29歳、小次郎は年齢不明。

共に、剣豪として世に知られ、誰にも負けないという自負があり、

お互いの名誉をかけて闘いました。



北九州 110

 

武蔵は舟の櫂を自分で削って木刀を作り挑みました。

そして小次郎をじらすために、わざと遅れて着きました。

 

決闘が始まると、小次郎の長刀をひらりとかわし、

飛び上がって、木刀を小次郎の頭に振り下ろすと命中したそうです。


 

 

下関の町が見えます。
北九州 090

 

お互いの名誉のためだけに、命をかけて勝負するなんて、今では考えられません。

凄い時代だったのですね。

 


北九州 078

 


北九州 102 

 

左・小次郎、右・武蔵。向こうには関門橋。 ずっと来てみたかった巌流島に来て満足でした。
北九州 082
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Comments

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こんばんは。
遠くに眺めることはありましたが、上陸したことはない島です。
こうなっているんですね、興味が湧きました^^
応援ポチ!
by: ゆったり人さん | 2009/08/19 23:54 | URL [編集] | page top↑
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こんばんは~
凄い所へ、しかも100人乗りの船を貸切で
超凄いです~(@。@”
昔の景色とはまるで違うんだろな~って思う
けど、凄く雰囲気は出てると思います^^v
↓大文字焼きすてきです~(@。@”
by: Angelさん | 2009/08/19 20:54 | URL [編集] | page top↑

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