ふらり京都、旅して日本 金福寺と与謝蕪村
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金福寺と与謝蕪村

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11月23日の散歩です。


叡山電鉄、一乗寺駅。京都盆地の北東角にあたります。
この日の叡電は、連休でもあったので、貴船、鞍馬へ行く方たちで、凄い混みようでした。
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「一乗寺」という地名ですが、平安時代に一乗寺という大きなお寺があったものの、

室町時代には衰退し、地名だけが残りました。

でもこの辺り、詩仙堂、円光寺など、庭園がきれいなお寺や神社がいくつもあります。

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その中のひとつ、金福寺(こんぷくじ)
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平安時代に建てられたお寺です。比叡山が近いですから、もともと天台宗であったそうですが、

江戸時代に臨済宗に改宗したとのこと。


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こじんまりとした感じのお寺ですが、明治時代に作られた中庭は見事です。
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庭の上に芭蕉庵。
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江戸時代、もともとお寺にあった茶室に、松尾芭蕉(1644~1694年)が訪ねてきてから、

「芭蕉庵」と呼ばれるようになりました。


その後荒廃したものの、

70年後に芭蕉を敬慕していた与謝蕪村(よさ・ぶそん、1716~1783年)が訪れた時、

古びてながらも、村人達が「芭蕉庵」と呼んでいるのを聞き、再興して寺に寄進しました。


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与謝蕪村は江戸時代の三大俳人(芭蕉・蕪村・一茶)の一人です。

大阪に生まれ育ち、江戸にでて俳句の修業をし、芭蕉のように関東・東北を旅した後、

37才で京都に来ました。

その後、丹後、讃岐で一時暮らしたことがありますが、68才で亡くなるまで京都で暮らしました。



与謝っていうのは丹後にある地名ですね。

丹後へ行ってから与謝を名乗るようになったそうです。


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なかなか情景がリアルに浮かぶ感じの句ですね。
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また、江戸幕末、井伊直弼の愛人であった、村山たか女(たかじょ)のお寺としても知られています。



井伊直弼は彦根藩主の子とはいえ、長男でないため、藩政には興味なく、茶、歌に没頭して、

祇園の芸奴であった村山たか女と恋仲になります。



ところが、兄の子と兄が相次いで亡くなったため、予想外にも35才で藩主となります。

その後、42才で幕府の大老となり、その年に安政の大獄で、反幕府勢力を弾圧しますが、

2年後に桜田門外の変で暗殺されます。



その時、たか女も反幕府派の情報を直弼側に漏らしたスパイとして捕らえられ、

鴨川の三条河原で生きさらしにされましたが、3日後に刑を解かれ、

余生の十数年をこのお寺で尼僧として過ごしたそうです。



このお話は「花の生涯」という小説になり、

昭和38年、NHKの大河ドラマの第1作として放送されたとのことです。


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蕪村が京都に暮らして、お墓があることも全然知りませんでしたし、たか女のことも初めて知りました。

金福寺、庭がきれいだけでなく、歴史の重みを感じるお寺でした。


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18:46 | 叡電 茶山・一乗寺 | comments (6) | trackbacks (0) | edit | page top↑
紅葉、円光寺 | top | 工繊大、松ヶ崎祭

Comments

#
>松風様
いつもきれいな写真見せていただいています。今回もいい写真とれましたか?またお伺いします。

>hayate様
お久しぶりです。
猫のことは知りませんでした~
きれいな絵を描いておられますね。久々にお邪魔します♪

>ゆったり人様
いや~、パンフレットなんかを丸写ししてるだけですよ♪

>kaori様
はじめまして~
2年連続で金福寺ですか~
たしかにいいお寺ですね。
私も今度は静かな時に行ってみたいです♪

>nao様
いやいやよくご存知ですね~
私などの一夜漬けの勉強とは違って、
知識や心の深さを感じます♪


by: 京都ふらりさん | 2008/11/26 18:28 | URL [編集] | page top↑
#
小学生の頃から
この寺、大好きでした。

芭蕉が葬られたのは、
膳所の義仲寺(ぎちゅうじ)。
都で政権を取ろうと思って果たせなかった
木曾義仲への思いを、俳諧の道の途中で
病没しなければならなかった芭蕉自身に
重ねて、義仲の墓のほとりに葬ってくれと
遺言します。

それを知っていた与謝蕪村は、
自分なら、死んでまでもそんな妄執に
さいなまれるのは大変だよ、と
自ら再興した芭蕉庵の裏で
ゆっくり京の街を見下ろしながら
葬られたい…と願ったようです。

俳諧への思いの違い、
武家出身の松尾芭蕉と
庶民出身の与謝蕪村との違い、
も出ていて面白いです。

ふたりの作風の違いも
また興味深く、
金福寺に参拝するたびに、
しみじみした気持ちになります。
かれこれ40年になりますか…
by: naoさん | 2008/11/25 23:46 | URL [編集] | page top↑
# こんばんは
はじめまして、いつも、綺麗な写真有難うございます。
金福寺行かれたんですね
私は、昨年に続き今年も11月15日に金福寺に
お邪魔しました。
今年は、とっても人懐っこい子猫に出会うことができ紅葉も綺麗で小さなお寺ですがいい所ですよね
また、綺麗な京都の風景期待しています
by:  kaoriさん | 2008/11/25 23:37 | URL [編集] | page top↑
#
こんばんは。
いつも各所のご説明が充実ですね。
私は最近急ぎアップしていて手抜き感が..
イカンイカン、見習わねば~(笑)
応援ポチ!
by: ゆったり人さん | 2008/11/24 21:49 | URL [編集] | page top↑
# こんばんは~
大変勉強になりました。ありがとうございます。

エイデンが混むと、観光客の私はいつもあせってしまいます。後ろから乗って、前で払う、というあの仕組みが、満員だと厳しいのですよね。(小心者なので)。よって、しばらく前に知った叡山電鉄のフリーパスを使うようにしています。これなら安心。

ところで、「金福寺」は猫がいる場所でしたか?たしかそのようなお写真をとっていた方がいたような気がしました。

またお邪魔いたします~
by: hayateさん | 2008/11/24 21:24 | URL [編集] | page top↑
#
こんばんわ
連休の晴れの日は
エイデン凄い人でしたね。
金福寺もさすがに人が多そうで。
私もエイデンに乗りましたが
八瀬比叡山口方面の電車でしたので
まだ幾分、空いていました。
今日はあいにくの雨で(泣)

by: 松風さん | 2008/11/24 20:43 | URL [編集] | page top↑

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