ふらり京都、旅して日本 別子銅山、新居浜駅
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別子銅山、新居浜駅

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暖かくなってきました。

今日の最高気温予想は28℃ですって。

もう昼間は半袖で十分ですね。


・・・



記事は3月下旬の旅行の続き。


しまなみ海道を渡り切って、今治城を見学したあとは、高速道路で新居浜へ



あれに見えるは別子銅山
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銅山入り口にあるマイントピア別子
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別子銅山は1690年に、山の上の標高1200mのところで発見され、翌年に住友によって採掘が開始されました。
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緑が銅鉱床
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鉱山を訪れるのは、佐渡金山(新潟)、石見銀山(島根)、足尾銅山(栃木)に続き4回目。
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さてこの鉄道に乗って、坑道へ
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坑道手前で下車
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ここからは徒歩で入坑
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シャクナゲ
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・・・・・



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江戸時代はもちろん手掘り
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住友のホームページによると、
「太古の昔、この地がまだ海底にあった時代、
海底火山活動によって銅を含んだ鉱床が形成され、
地下深くから地層を割って鋭く地表に顔を覗かせ、発見されるのを静かに待っていた。

その鉱床の規模は、長さ1,800m、厚さ2.5m、約45度から50度傾いて、
海抜約1,200mから海面下およそ1,000mにわたって広がるというものであった。」




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掘り出した銅鉱のほとんどは鉄と硫黄からなり、
銅の含有割合は少なければ3%程度

精錬では、
「まず銅鉱を焼いて硫黄分と飛ばし、
できたものを粉末にして、水をいれた桶の中で蒸気をあてると、
鉄分は沈殿、銅は溶解液に残り、それをろ過して精製する」とのこと。


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水のくみ上げ
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精錬
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運搬
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・・・


神社をお参りした後は、
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明治時代以降の坑道。坑道の長さは全700㎞。
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いろんなものが自動化
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昭和も後半になると、採掘場所が地下1000mにもなり、
そこは気温50℃と労働環境も悪く、
さらに外国からの安い銅が使われるようになったこともあり、昭和48年に閉山。



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なんと1000mの地下へ行くエレベーターとのこと。乗ってみましたが、降下した気分が味わえるだけのもの。
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地上にでました。
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・・・・・



車で新居浜駅へ。新居浜は住友化学などがあるまさに住友の町。
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「住友別子病院」行き
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以前から気になっていkた別子銅山。初めて行けて、大満足♪
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