ふらり京都、旅して日本 ニッカウィスキー、余市蒸留所
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ニッカウィスキー、余市蒸留所

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京都もかなり冷え込むようになりました。
いつの間にか外出はダウンジャケットになってます。


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さて記事は11/4の北海道余市、その2

余市駅の正面300mほどのところにあるニッカ蒸留所正門
20年以上前に行ったスコットランドの首都エジンバラのお城と似ています。
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中もスコットランドの雰囲気
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ここはニッカの創業地。創業者・竹鶴正孝と妻リタのことは2014年NHK朝ドラマ「マッサン」にもなりました。
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竹鶴正孝のことをこのブログで書くのは、サントリーの山崎工場、竹鶴の生まれた広島の竹原に続いて3回目かな。
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竹鶴(1894~1979)は広島県竹原の造り酒屋に生まれ、
大阪の工業学校を卒業後、
摂津酒造(後に宝酒造に合併)に就職、
洋酒造りを任されました。


1918年、本場スコットランドに会社から命令で留学、
約2年でウイスキー作りを習得し帰国しました。

ところが不況で摂津酒造は洋酒造りを断念、
しばらくして竹鶴も退社しました。

1923年、寿屋(後のサントリー)が洋酒造りを計画し、
竹鶴を工場長として招聘、
今の京都府と大阪府の境界にある山崎にて、
日本初の本格的ウイスキーの生産を始めました。

ところが徐々に寿屋の事業方針に賛同できなくなってきた竹鶴は、
退社して1934年この余市に自らのウイスキー工場を建てました。

ウイスキーは数年の熟成期間を要するので、
会社運営のため果汁の製造販売も同時に実施、
会社名を「大日本果汁」(略してニッカ)としました。

そして1940年、この余市で製造した最初のウイスキーが発売されました。


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正面の建物が設立当初の事務所
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今も稼働している蒸留器。石炭を燃やしておられるようです。
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ここで数年熟成
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竹鶴は1941年、余市中学の校長に頼まれ、スキーのジャンプ台を作りました。
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後にその台でジャンプを始めた笠谷幸生、斎藤浩哉、舟木和喜はオリンピック金メダリストに。
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太平洋戦争ではアメリカ軍はここにウイスキー工場があるのを知っており、
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占領後のアメリカ兵のためにこの工場への空襲は行わなかったとのこと。
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竹鶴はスコットランド留学中に、リタと知り合い恋に落ちて結婚。
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リタは生涯、日本にいて竹鶴を支えました。
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試飲バー
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「余市」
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「竹鶴」
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こうやって作ったお酒を、
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こうやって飲みます。あ~ウイスキーが飲みたくなってきました♪
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