ふらり京都、旅して日本 ウィーン3、シェーンブルン宮殿

ウィーン3、シェーンブルン宮殿

ハプスブルグ家の離宮。1815年、ウィーン会議もここで開かれました。
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2/23の午前。ウィーン地下鉄、シェーン・ブルン駅。
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日本語なら「美しい泉」
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駅から5分ほど歩くと、
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シェーンブルン宮殿。
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13世紀ごろから、神聖ローマ帝国(今のドイツ、オーストリア、スイス、ベルギー、
オランダ、チェコ、イタリア北部)の、オーストリアを治めていたのがハプスブルグ家。
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15世紀からは世襲制に王位を継承するようになり、栄華を極めました。
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王宮はウィーンの中心にありましたが、
18世紀前半、その5㎞程西の郊外に建てられた離宮がこのシェーンブルン宮殿。
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ここを住まいとした最も有名なのが女帝マリア・テレジア(1717~1780)。
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ハプスブルグ家は、マリア・テレジアの娘のマリー・アントワネットをフランス王に嫁がせるなど、
婚姻によって勢力をヨーロッパ中に広めました。
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ヨーロッパを征服したナポレオンが敗れたあと、
1815年、ヨーロッパをどうするかという話し合いがもたれた、
いわゆるウィーン会議がひらかれたのもこの宮殿。
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庭園の向こうに見えるのはグロリエッテ。
対プロイセン戦の勝利と戦没者の慰霊の為に立てたギリシャ建築の記念碑
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第一次世界大戦の勃発も、ここを住まいとした最後の皇帝、
ヨーゼフ一世の甥である皇太子が暗殺されたのがきっかけ。
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歴史の教科書でしか読んだことのないことを、
この目と身体で確かめられたなんて、とても感動でした。
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