ふらり京都、旅して日本 隠岐6、西ノ島・後醍醐天皇

隠岐6、西ノ島・後醍醐天皇

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隠岐その6は、隠岐の最も西にある西ノ島



西ノ島の玄関、別府港
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人口は約3千人。
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写真の真中の緑の丸い感じの山が、後醍醐天皇が1年間滞在した黒木御所
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御所跡には今は神社が。
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皇室の方々もご参拝。
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そう、ここは建武の中興発祥の地。
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承久の変(1221年)で北条氏に敗れた後鳥羽上皇が、この隠岐に流されてから111年後の1332年。
後醍醐天皇も北条氏討伐を企てますが、察知され前例に従い隠岐へ流され、この西ノ島に滞在します。
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約1年後に周りの人の援助で脱出し、足利尊氏や楠木正成、新田義貞らと協力して、
鎌倉幕府の北条氏をを滅ぼし、京都で建武の親政を始めます。
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残念ながら天皇の行った政治に対し、足利尊氏が反発して1338年室町幕府を樹立、
後醍醐天皇は奈良の吉野に逃れるものの、1339年に亡くなりました。
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天皇の住まいがあったので、「御所」
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そういや3年前の秋には、吉野へ行って後醍醐天皇の墓にお参りし、記事を書きました。
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「建武の中興」というのは、一時的に天皇が政権を取り戻したっていう意味ですね。
武士政権が600年以上続いた日本では歴史的なこと。それがここから始まりました。
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天皇はここで何を考えておられたのかな?脱出と討幕のことばかりかな?
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いやいや、世の中の平和と、人々の豊な暮らしのことも考えたでしょう。
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後醍醐天皇に発展した今の日本を見せてあげたいですね♪
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