囲碁・本因坊発祥の地
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
京都・寺町通り、二条上る付近
安土桃山時代、秀吉が、京都改造として多くのお寺をこの通り沿いに集めたので寺町といいます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれあれ~、ここは昔からよく通るところですが、今までみたことのない立札が・・・
安土桃山時代、ここに寂光寺というお寺がありました。
そのお寺の中に「本因坊」という僧の住坊があって、
日海という囲碁の名人であるお坊さんがいました。
日海は江戸幕府が開かれると、家康の命令で、寂光寺を弟子に任せ、
「本因坊算砂」と改名し、江戸で幕府の碁所を任されました。
その後、「本因坊」は世襲制で子孫が受け継ぎましたが、
昭和11年、第21世の本因坊秀哉が、本当に強いものが名乗るべきとして、
「本因坊」の名を返上し、選手権で優勝した人が名乗るようになりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この大理石の碁盤と椅子と立札は今年の1月におかれたようです。
子供の頃、家族で母の実家へ行くと、母の父と私の父がよく囲碁の勝負をしていました。
いつも座布団の上に正座して昼過ぎから夕方までやってましたね。
私はルールがあまり分かりませんので、碁盤が空いた時に、
いとこ達ともっぱら五目並べをしたものです。懐かしいですね~♪
ランキングアップのため1日1回クリックよろしくお願いします↗
- 関連記事
スポンサーサイト
| ホーム |
Comments
AKIRAと申します。楽しく拝見させていただいておりましたが、コメントさせていただくのは初めてです。
今回の記事…よく通る道ですが、全然気にもとめていませんでした。そもそも江戸幕府に碁所があることさえ知らず。。
お恥ずかしい。
とても勉強になりました。これからもご訪問させてくださいね♪
ほぅ~私も知らなかったです。
奥が深いなぁ^^
理石の碁盤、いいすね、これ。
友とここに来て五目並べしようかな(笑)
囲碁は私もできませんが・・・
五目並べです(笑)
一保堂のいり番茶が大好きで通りかかったら必ず購入しています。
そうですか。。最近 こんな立札や椅子、囲碁板が置かれたのですね。
post a comment